一生残る「無知は罪」を教えてくれた方に感謝

長年の執着を手放すことにした。ある方の一言がきっかけだったのだが、それでも、これまで何を意固地になっていたのか、後悔と懺悔はいまだ残りつつも、心のどこかが少し晴れたような気もした。

世の中には「無知は罪」という言葉がある。数年前、僕はまさにその一言を自分で現実のものにしてしまった。いったんアクセルを踏み始め、ギアを上げ続けてしまえば、ブレーキをかけるタイミングを失う。

意識的か無意識的か、それだけは僕以外の誰かから評価してもらうしかないが、少なくとも自分自身は、いつからか走り続けるコトこそが自分の使命であると、勝手な思い込みを抱くようになってしまっていた。

しかし、ある方の一言で、自分がいかに間違ったコトをしていたのかと痛感した。いや、それに気が付くまでが長過ぎたのは、本当に自分の恥だった。たぶん、墓場へ入るまで心の奥にはきっと、重くのしかかり続けるのだろうと思う。

すべで自分で招いたコトであり、罪悪感は一生かかっても絶対に消えない。しかし、それはあくまでも自分の勝手な都合であって、僕の言葉がときにはノイズとなり、色々な方々に迷惑をかけてしまったのは、この先も背負っていかなければならないと思っている。

数年かかったが、それに気付かせてくれた方には心からの感謝しかない。そして、同時にいったんは引き留めてくれた瞬間を、無下にしてしまったコトに対しては今でも申し訳なさしか出てこない。

そして、僕の二の舞にならないために、これを読んでくださっている方にも覚えておいてもらいたいコトがある。何かへひた走っているとき。そのせいで目の前が見えなくなっているときに、一瞬でも、注意してくれる人の言葉には耳を傾けてほしい。

それは、日常のささいな場面でも変わらない。やる後悔よりもやらない後悔なんて常套句を、やたらめったら盲信するのは愚かだし、自分のせいで持つべきではなかった苦しみを抱えるのは、自分にとっても他人にとってもいいコトなど何一つない。

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